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6.僕の目をあげる

5月20日
読了時間: 3分

母は網膜剥離とその後の手術の影響で、

瞳に傷がついています。


そんな母と、

私は目を合わせることが苦手でした。


母の目を見て笑い合うことをどれだけしたかったことか。


いつからか、

母の目が見えないことにコンプレックスを抱くようになりました。


何歳の頃だったかは忘れましたが、

私は恐かったけれど、

自分の目を母にあげたいと思うようになりました。


母は覚えていないと言うので、

きっと母には言わなかったんだと思います。


当然そんなことはできるわけないですが、

医療では治す術もなく、

私は「なんで僕のお母さんだけがこんな目に遭うんだ」

「なんで誰も助けてくれないんだ」と、

大人や社会を嫌うようになりました。


やり場のない辛さは、

恨みや怒りという形に変わり、

膨らみました。


この頃から、

人を心から信用することができなくなったように思います。

そして、その憎悪を増幅させたものは、

母の口癖でした。


母はうちにはお金がないということを常に言っていました。

私はそれをずっと聞かされていたので、

お金さえあれば目が治るのではないかと思うようになりました。


それからというもの

私はお金に執着するようになっていきました。


これも母の障害が治らないと知らないことからの勘違いで、

もう見えることはないのだから、

それを私は正しく知る必要があったんだと思います。


ある時、

私がガイドヘルパー養成講座で全盲の男性講師から聞いた言葉があります。


「ダメなものはダメと誰かが言ってあげなきゃいけない」

障害を負った本人に対して、

医者からの最後通告のことを仰られたのですが、

私は障害者になってしまった方に子供がいるのであれば、

子供に対してもはっきりと言うべきだと思います。


私は母の障害について親からも誰からも何も聞いたことがありません。

子供は視野も狭く、考えも浅いので、

私のように自分を犠牲にしてしまうことがあるかもしれません。


子供であっても、

大事なことは子供にわかる言葉で、

なるべく早くから言っておいたほうがいいと思います。


子供は素直なので、

大人ほど偏見を持つことなく受け入れるはずです。



言いにくいことだけどと

一呼吸置いて

太陽の出ている時に静かに告げる

「お母さんの目はもう治らないの

それはあなたのせいじゃないよ

病気のせいで目が見えなくなったの

お母さんもね

本当は辛いけど

でもね

あなたが色々手伝ってくれるから

お母さんとっても助かってるよ

ありがとね

お母さんの目が見えないことで

あなたにもし辛いことがあったら

お母さんに教えてね

お母さんも一緒に考えるからね

辛い時は辛いって言っていいんだからね

甘えたい時は思いっきり甘えていいんだからね」

そして思い切り抱きしめてほしい

今はわからなくても

いつかきっと来る

あの時言ってくれてありがとうと

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