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あとがき

5月27日
読了時間: 3分

私は、そろそろ母の障害を許す時が来たのかもしれません。


透析だけだったなら。

目が見えないだけだったなら。

どちらもなかったなら――。


そんなことを、何度も考えてきました。


あの悔しさは40年以上経った今も消えていません。

きっと、一生消えることはないのでしょう。


でも最近思うのです。


母の障害が、

これほど長い間私の心に残り続けたのには、

きっと意味があったのだと。


私は長い間、「障害で傷ついた自分」を隠れ蓑にして、

本当の自分と向き合うことから逃げていた気がします。


30代になってようやく自分と向き合い始め、

40代では人生とは課題を解決し続ける旅なのだと気づきました。



人は、記憶によって作られています。


だからこそ、

自分を形作ってきた記憶を見つめ直すことで、

生きづらさは少しずつ変えていける。

私はそのことをカウンセリングやヒプノセラピーを通して学びました。


仏教には「一水四見(いっすいしけん)」という言葉があります。


一つの出来事でも、立場や見方が変われば意味も変わり、

それが時に人を癒していくのです。



この記事を書いた2018年当時、

母はまだ生きていました。


その後、コロナ禍の直前に亡くなりました。

42年にわたる透析生活でした。

今はもう、天国で自由になっている気がします。


そして私自身も、ようやく母の障害から解放されました。


振り返れば、

私はずっと「自分が母を支えなければいけない」と思って生きてきました。

まるで重たい鎖でつながれているように。


でも、本当は違ったのです。


父も母も、

一度だって僕を縛ったことはありませんでした。

私が、自分で鎖を巻きつけていただけでした。


長い年月そう信じてきたので、

“最初から鎖なんてなかった”ということを受け入れるまで、

ずいぶんと時間がかかりました。



そして、私は50歳になりました。

ミュージシャンとしても、仕事としても、遠回りをたくさんしてきました。


でも、その経験があったからこそ、

今ようやく「ここだ」と思える場所に辿り着けた気がしています。


それが、ヒプノセラピーです。


ヒプノセラピーは万能ではありませんが、

自分の記憶と向き合い、生きづらさを手放していく大きな助けになります。


『生まれてこなければよかった』


『死にたい』


『何のために生きているんだろう』


そんな思いを抱える人が、

少しでも「生きていてよかった」と思えるように。


その人自身の人生や役割を見つけられるように。


その手伝いをしていくことが、

これからの私の人生の役割なのだと思っています。


最後に、父と母へ。


ここまで育ててくれて、ありがとう。


ようやく今、

自分の人生を歩き始められる気がしています。

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