5.わくわくしたサガミ
小学生になると友達の家へ遊びに行くことが多くなりました。
当時は専業主婦だったり、自営業でやっている人も多かったので、
どの友達の家にもだいたいお母さんがいました。
3時のおやつの時間になると、
友達のお母さんお手製のクッキーやケーキが出てきてごちそうになりました。
私はそのお菓子を見て、
「こんなお菓子を作ってくれるお母さんだったらいいな」と、
強い憧れを持つようになりました。
私の家では3時のおやつという習慣はなく、
みかんやりんごやバナナや梨といった果物はありましたが、
母がお菓子を作ることは一度もありませんでした。
母は田舎の農家で育ったので、洋菓子文化はなかったんだと思います。
私はとにかく友達のお母さんがすることが羨ましくて仕方なかった。
でも今に思えば、
果物ほど贅沢な食べ物はありません。
何も手を加えずに栄養価も高いわけだから。
友達が夏休みに家族で遊びに行ったと聞けば、
「僕も遊びに行ってみたいな」「お母さんと遊んでみたいな」と、
羨ましい気持ちが生まれました。
もちろんそれを母に言ったことはありません。
ただ、小学校3 年生くらいまでは、
夏になると日帰りで潮干狩りに行っていました。
そして一度だけ、
遊園地で母とバイキングに乗ったことがあるんです。
バイキングが終わって、
乗り物から降りた母の「あ~気持ち悪い」と、
言いながら笑っていた顔は今でもはっきりと覚えています。
私は家族で遊んだり旅行したりすることに憧れはありましたが、
それを補う楽しみが他にありました。
それは、時々家族三人でサガミという和食レストランに出かけたことです。
家では食べられない料理を食べに行くのは楽しいこと。
ただ、母は透析をしているので厳しい食事制限があり、
好きなものばかりを食べることはできません。
健康な人は水分を取っても汗や尿になりますが、
透析患者は水分を取りすぎると体にたまってしまい、
そうすると透析でその水分を引かなければならず、
これが体への負担が大きいといいます。
母はよく山菜そばやとろろそばを食べていました。
もちろん汁まで飲み干すことはありません。
私はといえば、
店の入口のショーケースにあるお子様ランチのおもちゃに目が行きましたが、
それを注文すると子供ですと言っているようなものなので、
なるべく大人が食べるものを注文していたと思います。
また父には、
土曜の昼に家の近くのラーメン屋さんによく連れて行ってもらいました。
これも私には楽しいひとときでした。
母はその時間は透析中なので、
父と二人で行ってたんですが、
こうした小さな外出は、
数泊するような旅行にも劣らないくらい
私の楽しみとなっていたように思います。
ちなみに母の食べたものは覚えていますが、
父が何を食べていたのかは全く覚えていません
家族でお出かけ
近くても遠くても僕はとても嬉しい
今日はどこに行くのかな
お父さんとお母さんと
一緒に出かけるのが
僕はとても嬉しい
