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43.ターニングポイント

5月23日
読了時間: 5分

2009年秋、

私は営業職として、

企業や自治体にメンタルヘルスサービスを提供する会社に入社しました。


メンタルヘルスサービスとは、

まずメンタルヘルス研修があります。


自分のストレスにどう気づきどう対処するかというセルフケア方法や、

上司と部下のコミュニケーションを、ディスカッションして学びます。


それを人事や総務の方と会社の抱える課題に合わせた研修プランを作るのです。


他にもストレスチェックの実施サポート、

職場に心理カウンセラーを派遣して社内相談窓口を作るサービス、

社外でカウンセリングが受けられるようにする社外相談窓口の設置、

うつ病などで休職した方を再発させないよう職場復帰させるリワークトレーニング、

自殺の起こってしまった職場でのグリーフケア(メンタルケア)など、

私は入社するまでメンタルヘルス分野に全く知識がなかったので、

仕事のどれもが新鮮でした。



そして入社して半年経つ頃、

もっと勉強しようと思い、

産業カウンセラー養成講座を受講することにしました。


会社の人事、保健師、教師、社労士といった方が受講していました。


カウンセラーを目指すというよりは、

職場で調子を崩す人をサポートしたいと勉強に来られる方が多かったです。


座学と実技があって、

約半年かけて学ぶコースでした。


私は既にメンタルヘルス会社で働いていたこともあって、

変な自信がありましたが、

それは奢りでした。


この講座では、

誰かを支援するためには自分の言動と徹底的に向き合うことを教えられ、

鍛えられました。


考えてみればわかることですが、

支援する人の言動が相手に及ぼす影響を理解してないと、

支援するどころか、

相手を傷つけたり余計に問題を難しくしたりといったことが起こります。


この講座は、

私のターニングポイントだと言っても大げさではないくらい、

とても深い学びがありました。


実技ではクライエント役とカウンセラー役をするんですが、

たとえばカウンセラー役のときに、

相手の話を聞きながらアドバイスになるようなことはないかと頭の中で考えていたり、

相手の話を聞き出そうと興味のありそうな質問を投げかけたり、

相手が話している最中に割って入ったりと、

自分の話の聞き方の癖を徹底的に探っていくんです。


なんでそういう考えが浮かんでくるのか、

そのなんでを追求していくのです。


話の聞き方が、

相手に良くも悪くも影響を与えること、

今まで生きてきたなかでは、

自分の話の聞き方が良いとか悪いとか考えたこともありませんでした。


こんな経験はありませんか?


自分が一生懸命話しているのに相手はどこか上の空。


それで話す気が失せてしまったとか、

自分をフラットにして話を聞くというのは案外難しいものだと気づきました。


相槌一つとっても気づきが得られて、

毎回受講が楽しみでした。


そして、

私が自分を深く理解するきっかけになった講師の一言があります。


その時私は、クライエント役で妻の話をしていました。


「嫁がこんなことを言って…」


「そしたら嫁には○○だったみたいで…」


すると講師が、

私にこう言ったのです。


「熊崎さんの、その嫁っていう言葉は何なのでしょうね」


「…」



私は沈黙して、

自分の言葉を振り返りました。


そして2つの意味があったことに気づいたのです。


一つ目は、

嫁や嫁さんと呼んでいることで、

私たちはとっても仲がいい夫婦なんだと、

同じ受講生に対して見せつけたかった。


ヨメとダンナという呼び方は、

私にとっては仲の良い夫婦のステータスのように感じていましたし、

受講生の中には結婚されていない方もいて、

どこかで結婚することで得られる幸せがあるんだとマウントを取りたい自分がいました。


そして二つ目は、

上下関係が隠れていました。


妻とは年がだいぶ離れていて、

私の方が上でしたが、

私が理想とする夫婦は年齢に関係なく対等な立場であること、

私は自分でも気づかないうちに、

自分が上で妻が下という意識を持っていました。


自分の言動に隠れていた意味を理解したとき、

私はカウンセリングの価値を知り、

また自分を理解することの素晴らしさを学んだのです。


とはいえ、

言葉や態度は生活習慣であり、

無意識に選択している場合も多いもの。


その後の離婚に至るまでに、

全てがうまくいくはずもありませんでした。


ちなみに、

嫁という言葉が、

必ずしも上下を表すかというとそういうわけではなく、

講師の方は、

私の話し方やその奥にある感情を指摘されたんだと思います。


この一件以来、

私は自分の表情や態度などの非言語にも注意を傾けるようになりました。


人の言動には、なんらかの意味が隠れていることを体験的に学んだ出来事でした。


自分の言動を振り返る癖は、

その後の人生においてもとても役に立っています。




自分を知るのは他人を知るより難しい

でも自分を自分なりにわかってくると

他人を見る視点も変わってくる


自己理解なくして他者理解なし

他者理解なくして自己理解なし

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