42.母のおしゃれ
私は母がおしゃれした姿を見たことがありませんでした。
小綺麗にした写真はあるけれど、
それは僕が小さい頃で、
記憶には残っていません。
友達の家に遊びに行くと、
お母さんがスカートをはいていたり、
ネックレスやイヤリングをつけていたり、
口紅を塗っているのを見ました。
それを綺麗だなと思い、
羨ましかったけれど母には言えなかった。
母はいつもズボンで、
腕には透析のシャントがあるので、
隠すために七分袖以上。
貴金属は身につけないし、
口紅も数回記憶にあるけれど、
目が見えないから、
きれいに塗れていなかったことを覚えています。
母はその昔、
自分で洋服を作るくらいおしゃれに関心を持っていたようです。
それが目が見えなくなってからは、
「おしゃれをしてもどうせ見えないから…」
と塞ぎこんでしまった。
透析の影響で、
体もいうことをきかなかったので、
気持ちの余裕もなかったんだと思います。
父も母を誘って二人で出かければよかったけれど、
仕事三昧でそういうこともなくて。
そして、おしゃれとは縁が遠くなってしまった母だったけれど、
とても印象に残っている日が1 日だけあるんです。
それは私の1回目の結婚式の日のこと。
その頃は愛媛県に住んでいて、
結婚式の数ヶ月前、
母に癌が見つかり摘出手術を受けていました。
結婚式には体調の問題もあり、
名古屋から愛媛へと遠出することも微妙な時期でした。
しかし母は、
一生に一度の日だからと、
体調のすぐれないなか飛行機で来てくれました。
母の還暦の翌日が結婚式でした。
私は目を疑いました。
母がドレスを着て登場。
ストッキングを履き、
ローヒールを履いて、
口紅も綺麗につけていました。
ドレスは母が若い頃に作ったものだと後に聞きました。
私は32歳にして、
初めて母のおしゃれをする姿を目撃。
とても新鮮だったし、
いつもベッドに伏して辛そうにしている母とは違い、
なんだか生き生きしているように見えました。
母のその日の姿は、
僕がまさに友達のお母さんに見ていた理想の姿だったんです。
ちなみに父も当時のスーツを着てかっこよく登場しました。
父も母も、
何十年も前の服が着れるんだから、
それもすごいことだと思います。
家で塞ぎこむ日常があったとしても、
たまにはおしゃれして外に出ることも大切なんだなと思った出来事でした。
いつもと違う服
いつもと違うお化粧
いつもと違う気分
毎日はとっても地味だけど
派手やかな日があってもいい
誰の目を気にすることなく
自分が素敵だと思える日があること
物語の主人公は自分なのだから
