3.障害を否認
僕は幼少期の記憶がほとんどありません。
心理学では、『幼児期健忘』といって、
3 歳以前の記憶をあまり覚えていないことは特別なことではありません。
でも私は、
3歳どころか、
小学生高学年までの記憶が数えるほどしかなく、
どれも断片的。
20代の頃、
友人と小さい頃の話をしていたときに、
みんな3歳や5歳くらいのエピソードを事細かに覚えているのに、
僕は全く思い出せなくて、
「どうして覚えていないんだろう?自分がおかしいのかも…」と、
思うほどでした。
また、別の日に、
小学1・2年生の時に通っていた学童で一緒によく遊んだという同級生から、
「まさきくんだよね?俺のこと覚えてない?」と聞かれたんですが、
全く記憶になくて、
「ごめん、覚えてない…」と言うと、
同級生はとても寂しそうでした。
もともと僕の記憶力が弱いのかもしれません。
でも、もしかしたら母の障害をずっと否認していたからではないかとも思っています。
僕は両親から、母の障害について一度も何も聞かされたことがありませんでした。
なぜ障害があるのか、
それはいつからなのか、
もう治らないことなど全く知らされていなかったんです。
だから、
小さい頃は毎晩「明日にはお母さんの目が治っていますように」と願っていました。
「今が夢であって、夢が覚めたらお母さんの目が見えているはずだ」と、
どこか現実を生きていなかったように思います。
2歳から保育園に行くようになって、
友達のお母さんを見て、
「僕のお母さんは友達のお母さんとは違う…」と気づきました。
そして、
『ふつうの家族』とは、
自分が育ってきた家族であるはずなのに、
いつしか僕はそれを他人の家族に見るようになってしまったのです。
自分の家族がふつうと思えなくなったとき、
自分の家族に自信を持てなくなったとき、
僕に生きづらさが生まれたんだと思います。
「こんなはずじゃない」
「これは夢だ」
「明日になれば目が治っている」
という希望とも現実否定ともいえる思いをずっと持っていました。
小学校高学年になると、
サッカーに打ち込んだりテレビゲームに夢中になったりして、
ストレスを忘れる時間が増えました。
辛い思いに慣れたり耐えられるようになったのかもしれません。
それ故に、現実感のなかった小さい頃の記憶があまりないのも自分で頷けるのです。
よく嫌なことや辛いことは忘れるなんて言いますが、
それは軽い出来事であって、
あまりにトラウマな出来事は忘れるどころか抑圧して、
心の奥底に閉じ込めたり、
人生の至る所で影響を及ぼすということを僕は体験してきました。
僕は大丈夫
平気だよ
ほらこの通り元気元気
じゃあねバイバイ
少年が一人になったとき
陰からそっとその表情を見るといい
少年の本当の顔は
誰かと一緒の時には見られないのだから
