24.母とのキャッチボール
これは小学4年生の頃の苦い思い出。
一度だけ、
母にキャッチボールをせがんでやってもらったことがあります。
母の目が見えないとは思いつつも、
どこかで見えているんじゃないかと、
希望の灯火を消さずにいました。
いつか、
「実は見えてました~!」
なんてドッキリカメラのように、
これまでのことは全て嘘だったという日が来て欲しい。
きっと来るはずだと、
ずっと思っていたかった。
その思いを知ってか、
母は私が誘ったキャッチボールを断ることなく受け入れてくれました。
「もしかして見えているのかも?」と、
期待しました。
公園に行き、
いつもは父が使っているグローブを母がはめて準備をしました。
ドキドキしながらボールを投げたのを覚えています。
母との距離は7mくらい。
ぶつけてはいけないと、
母のグローブをはめた左手よりも少し右を狙って投げました。
だけど母は私の投げたタイミングなんて分かりません。
ボールの軌道を見てグローブを合わせることも、
当然取ることもできません。
父もヒヤヒヤして見ていたことでしょう。
ボールは母の後ろのネットにガシャンとぶつかって、
地面に寂しく落ちました。
父がボールを拾って母に手渡しました。
私のいる場所とは違うあさっての方向にボールは投げ返されたその時、
やっぱり見えないんだ…と、
残念な気持ちになりました。
母からすれば、
どこからボールが飛んで来るかわからないし、
下手すると顔面に直撃するかもしれない。
それでも私に付き合ってくれた。
私の思いを汲んでくれた。
私はそんな母のことを誇りに思います。
そして、
あの日の母は笑っていたと思います。
ふだん病院で辛い思いをしている人が、
私とキャッチボールするなんて思わなかったでしょう。
この時のことを母に聞きそびれたので、
その心中はもう分かりませんが、
きっと楽しかったんじゃないかと思います。
本当に無茶なことをさせてしまったけれど、
この日を境に、
私は母の目が見えないことを受け容れていくようになったと思います。
ネットにガシャンとボールがぶつかった瞬間のあの音を、
私は一生忘れることはないでしょう。
あの日のボールは、
のちに心へと形を変えて、
私と母は心のキャッチボールができるようになりました。
人の心の傷を癒すには薬が必要だと思います。
時間が流れて癒される時薬。
人の優しさや暖かさに触れて癒される人薬。
私は薬が効くまで、
随分と時間がかかったように思います。
わずかな希望が叶わなかった時
残念だったけれど
悔しかったけれど
諦めたくなかったけれど
受容へとほんの少し進んだのだと思う
すぐにではないけれど
感謝することができるようになって
誇りになる時はいずれやって来る
