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13.甘えたかった

5月20日
読了時間: 3分

ここでちょっと親に対して物申します。


これまでの文章からしても、

私は「いい子度」が高すぎたと我ながら思います。


どの家族にとっても、

親子関係が、

特に母子関係においては子供の生き方の基盤になります。


精神科医ボウルビィによるアタッチメント(愛着)という考え方にもあるとおり、

アタッチメントとは平たく言えば『情緒豊かに育つため関わり』。


振り返ってみて、

ひどく問題のある親子関係だったとは思いません。


でも、あえて言うなら、

両親は私のすることにあまり深く関与してこなかった。


小さい頃から一人の人間として、

自立心を養うように育ててくれた。

と考えればその通りかもしれません。


きょうだいが7人8人いる家族で、

一人一人聞いてられないという環境ならまだしも、

私は一人っ子。


幼児期や児童期には、

一日の出来事を親がうんうんそうかと肯定して育つ自己肯定感があります。


「今日の勉強で面白かったことはある?」

「誰とどんな遊びをしたの?」

とかもっと聞いてもらいたかったなぁと、

今の自分でいいんだと思いたかった。


早く大人にならなくちゃいけないという

重荷をおろしたかったんだと思います。


私は自分から話すタイプではなかったので、

家族に会話はさほどありませんでした。


母にもそのことを聞いてみると、

「おまえが帰ってきてもお母さんはえらくて(疲れて)寝ていたし、

お父さんは深夜まで働いていたからあまり話を聞くこともできなかったと思う。

勉強のことを聞かれても教えてやれなかったからな…」


母の気持ちや体の状況を考えれば仕方のないこと。


親は完璧ではないことを、

自分が親になってより深く知りました。


父も母もその時々の精一杯で私を愛し、

育ててくれたことには感謝しかありません。


何より健康に育ててくれたのだから、

それだけで十分じゃないかと思えるようになりましたが、

それにしてももっとコミュニケーションがあってもよかったと、

納得できない自分もいる。


私はもっと甘えたかった。


今この歳になって甘えると、

それはそれで白い目で見られるので、

「お母さん、お父さん、大好きだよ」と、

言えなかった思いをこのブログで伝えておきます。



今日はどんな1 日だった?

へぇ それは楽しかったね

それでそれで?

そうかそんなことを思ったんだね

お父さんもおまえの話が聞けて嬉しいよ

明日はどんなことするの?

そうかそれは楽しみだね

また明日もお話し聞かせてくれる?

ありがとう

おやすみ

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