13.授業参観
5月20日
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学校には親や家族が参加する様々な行事がありますが、
どれ一つとして母は来たことがありません。
その一つの授業参観。
友達の母親が綺麗な格好をして、
ずらっと後ろに並んでいる姿を見て、
「僕のお母さんもこんな風だったらいいなぁ」と、
いつも思っていました。
母親が来て、
テンションが高くなっている友達を見て羨ましく思ったものです。
私は母に来てほしいという思いはあったけれど、
白杖をついて教室に来られたら注目の的になってしまうので、
それはそれで嫌だなぁという気持ちもあって複雑でした。
確か父が一度か二度来てくれたことがあったと思いますが、
当時、周りはみんな母親だったので、
とても違和感があったことを覚えています。
今でこそ日本の透析は治療先進国のようですが、
1980年代は医師も十分とは言えない情報の中、
手探りで行っていたように思います。
そのため母は、
透析の機械がよく変わり、
その度に体に負担がかかったと言います。
後に学校行事について母は、
「あの時行きたくても行けない自分が辛かった。
本当は話を聞いてやりたかったけど気持ちに余裕がなかった」と、
胸の内を教えてくれました。
行事に参加できなくても、
「今日どうだった?どんなこと思った?」
という会話があればよかったのかもしれません。
でもそれさえできないくらい、
母は自分のことで精一杯だったんだと思います。
私は何十年経ったとしても、
当時言えなかったことを後に話し合えたなら、
そこには癒しが生まれると思います。
私は母から、
当時私に言えなかった思いを聞いて、
それを理解できます。
むしろ大人になり、
子を持った今だからこそ理解できるのかもしれません。
あの日の思いが癒える時
止まった時間が動き出す
寂しかった記憶も
温かさに包まれる
言ってくれてありがとう
聞いてくれてありがとう
