11.母を隠す
小学4 年生くらいから、
同級生と遊ぶことが増えていきました。
市営住宅の友達とは、
夕飯を一緒に食べるくらい仲が良くて、
人を分け隔てることなく遊んでいましたが、
同級生とは必ずしも仲のいい友達だけで遊ぶわけではなかったです。
私は母のことを何か言われたくなかったし、
いじめられたくなかった。
そして、
なにより母に対して自信が持てなかったこともあって、
友達から母を隠していました。
母は目が見えないので、
テーブルや棚にぶつからないように手を差し出して歩きます。
障害物を避けるためには必要な歩き方なんですが、
私はこれがとても嫌でした。
また、話をしても、
目と目をうまく合わせて話せないこともあるので、
それを友達に見られたくなかった。
私は母のことで自分が傷つくのが怖かったんです。
ある日、
私の部屋で同級生と遊んでいる時に母が、
「ちょっと…」と部屋に入ろうとしたことがありました。
私は慌てて母を押し出して、
部屋のドアをピシャッと閉めました。
そして同級生に聞かれないように、
小さな声で母と話をしました。
もし私が母の立場だったらとても悲しいけれど、
その時は母の気持ちにまで思いが及ばなかった。
母の目が見えないことは、
友達に話したことはないですが、
なんとなく感じ取っていた同級生もいました。
Mくんから聞いた私が覚えていない話があります。
小学1年生の時、
Mくんと遊んでいて、
母がお腹が空いただろうからラーメンでも作ったらと私に言い、
私は袋のラーメンを取り出して作り始めたんです。
友達はラーメンが作れる私にまず驚いたと言ってたけれど、
それよりも「野菜入れたのか?」と言う母を見て、
「まさきくんのお母さんは目が見えないはずなのにどうしてわかるんだろう?」と、
さらに驚いたと言ってました。
もしかすると友達に、
「僕のお母さんは目が見えないんだ」と、
堂々と言っていたら私も気が楽だったのかもしれません。
でもその勇気がなかった。
何年か前に母にこの話をした時に、
「おまえがお母さんを隠そうとしていたことはわかっていた」と言っていました。
私は母に辛い思いをさせて申し訳なかったと謝りました。
当時このことを家族で話し合えればよかったのでしょうか。
家族間ではお互いを想うからこそ
言うに言えないことがどうしたってあります。
言葉にしないとわからないのはもちろんですが、
私と母でこんな話ができるのには、
30 年の時間が必要だったということなんでしょう。
有名な絵はオープンでボーダレスだ
でも描かれてすぐ有名になったものばかりではない
画家が亡くなってから有名になったもの
たくさんの人が批評するから有名になったもの
有名になるまでの道のりは紆余曲折
ある宝物は隠してしまっておくより
みんなが知っているほうが
関心もセキュリティも高まる
もしかしたら障害も
そういうものかもしれない
