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10.テレビゲームが埋めた心のスキマ

5月20日
読了時間: 2分

小学2 年生の夏、

ファミコンが発売されました。


今思えば『ゲーム』に夢中になれたことは、

私にとって母の目が見えないという

どうにもならないストレスを忘れるための大事な時間だったと思います。


母が嫌いと思ったことは一度もありませんが、

母の目が見えないことはずっと嫌だったので、

どうしたってストレスが蓄積するもの。


もちろん小学生の私にストレスの意識はありませんでしたが、

後述する心身への反応が様々あったので、

重荷になっていたことは間違いありません。


小学生の頃は、

学校が終わると友達と野球やサッカーをしたり、

駄菓子屋に行って遊んでいました。


でも家に帰ると、一人になり、

母の現実と向き合わなくてはなりません。


だから夕食が終わったら、

毎日ファミコンに夢中になったんだと思います。


母は目が見えないのでゲームはできません。

父は機械オンチのため全然ダメ。


私はゲームが結構うまかったので、

父は秒殺でした。


当時ファミコンは、

1 日1 時間というスローガンが流行りました。


でも両親には時間を制限されることなく、

私はひたすら夜中までゲームをしていました。


勉強は全くしなかったので、

夜は好きなテレビ番組を見るか、

ファミコンをしているかのどちらでした。


もし当時、

この時間が制限されていたら、

ストレスを逃がす場所が減って

余計に心身への反応が出ていたかもしれません。


夢中になれるものがあるというのはとても大切なこと。


高校入学の頃にはテレビゲームのプログラマーになりたいと思うくらいでしたから、

テレビゲームにはいい影響を受けたと思います。


幸いなことに視力も落ちませんでしたしね。



解消できないストレスは

忘れる時間をいかに作れるかにかかっている

なんでも白黒つくわけではないから

上手に付き合っていくしかない

友達にはなれなくても

腐れ縁のように

仕方ないなぁと思えたら楽なんだろう

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