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53.人生最高の日は必要か?

5月26日
読了時間: 2分

ある日妻に、

「これまでの人生で最高だった思い出は?」と聞きました。


私は小学6年生の頃、

サッカーのワールドカップの決勝戦をスタジアムで見たいという夢を持ち、

2002年の日韓ワールドカップで叶えたことが最高の思い出でした。


ワールドカップ終了後に何も手につかない状況になり、

いわゆるバーンアウト。


ワールドカップの開催されていた1ヶ月間は、

サッカーという共通言語があるだけで世界中の人たちと仲良くなれました。


それは、

今まで経験したことのない強烈な毎日でした。


妻にはどんなすごい日があったんだろうと、

期待して聞き耳を立てて待っていると、

妻は私の質問に少し戸惑ったようすで、

「ない」と、

あっけなく答えました。


私は誰にもそういう日があると思っていたので、

「えっ?どういうこと?」と聞き返すと、

「ないものはない」


私は全く考えていなかった返事で驚きました。


そのとき自分の生き方の特徴に気づいたんです。


私はそれまで足りない足りないと、

いつも人生に物足りなさを感じていました。


それは一度最高の日があったために、

いつしかそれが基準になっていたんです。


それに引き換え、

毎日の暮らしはとても地味なもの。


最高の日はそうそう訪れませんし、

もしかしたらもう一生訪れないかもしれない。


そうなるとずっと物足りない毎日を暮らすことになります。


しかし妻は、

最高の日はなくとも毎日色々な楽しみを見つける天才で、

牛乳が美味しい、

仕事がうまくいった、

今日は晴れた…などなど、

私からすればそれらはごくごく当たり前のことで、

楽しいとか嬉しいなんて意識したこともありません。


毎日を楽しみながら暮らしている妻の生き方に気づいた時、

とても新鮮でした。


どんな生き方をするかは人それぞれですけど、

私は、

「特別でなくてはならない」

という思いが強すぎて、

はるか高く届かないところに手を伸ばし続けて、

目の前に十分溢れている幸せを感じることができなかったんだと、

「特別」の価値を地位や名声、

お金に置きすぎていました。


今、既に家族とともに、

特別な時間を過ごしているんです。


幸せはいつだって目の前にあることを、

妻は教えてくれました。



大きなことを成し遂げなくては

生きた証を残さなくては

そんな思いに囚われていると

今を生きることができなくなる


今の自分を愛せずして

誰かを愛することはできない

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