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47.38年目の手紙

5月23日
読了時間: 3分

それは38歳も終わろうとする11月のこと。


仕事から帰って来ると、

「お母さんから手紙が来たよ」と妻が。


「母さんから?」と、

クエスチョン。


親からの手紙は、

いつもなら差出人には父の名前が書いてあるんです。


私はなぜか、

自分で封筒を開けるのが怖かったから、

妻に手紙を読んでもらいました。


そこには、

「お変わりなくおすごしと思います

私したちも元気でくらしております

今は字の字の練習をしましたので

かいて見ました

初めて手紙をかきますのでよんで下さい

月下美人が黒点病にかかり下の方を切ってしまいました

花がいつ咲くかと楽しみにまっていましたが残念です

との花もだいじに育ててきたからさみしいです

七五八の母より」(原文ママ)


一枚の便箋に書かれた母の文字を見て、

心が震えました。


胸の奥に熱いものがこみ上げました。


38 歳にして、

初めて母の書いた文字を目にしたんです。


普通の(目の見える母親のいる)家庭なら、

小さい頃から文字くらい目にするでしょうけれど、

私は一度も見たことがなかった。


母も書くことはなかった。


文字を見て驚きというより理解不能…

お世辞にもうまいとは言えないけれど、

初めて見る母の文字に言葉をなくしました。


そして母に電話して、

何が起こったのか聞きました。


母は日中ずっとラジオを聞いているのですが、

ある時、

パーソナリティーが、

「1 日にあったことを一言でいいからメモっておくといいですよ」

と言うのを聞いて、

それなら自分にもできそうだと思ったんだとか。


メモしても後で読み返すことはできないけれど、

母はチラシの裏に、

1 日の振り返りを書いていきました。


そのうち手紙でも書いてみようと思い立ち、

知人に送ったところ、

私と同じように母の行動に感動したようです。


手紙とは縁の遠かった母から突然送られてくるわけですから、

誰もがびっくりせずにはいられなかったでしょう。


母も味をしめたんだと思います。


冗談は好きな人だったから。



近年は私が帰省するたびに、

手足が痺れるとか、

体が痛いとか、

今度また手術があるなどと話す母を見て、

年老いていくのを感じていました。


段々と弱って生涯を終えていくのかなと、

私は寂しい思いを持っていたんです。


目が見えなくなってからは、

一度も文字を書かなかった母が36年ぶりに書く心境はどんなだったか。


何か大きな出来事があったのではないかと思ったけれど、

それは日常にあったラジオパーソナリティの一言でした。


パーソナリティーさんには本当に感謝です。


年老いていくばかりだった母が、

新しいことを始めたことをとても嬉しく思った出来事でした。


私も負けてられないと思い、

「月下美人」という歌を作って送りました。


ちなみにこの手紙は、

私宛ではなく、

妻宛というのが母らしいと思いますね。



月下美人


あなたに光が戻るなら何もいらない

誰かお願いだから治してよ

僕の目をひとつあげるから


じょうずに甘えられず演じてた

いい子でいれば安心するから


一縷の望みもないと知ってて

雲の切れ間に未だ探してる

昏がりの明ける日が来ますように

遠くからいつも祈ってる



咲くのを楽しみに育ててる月下美人

今年は黒点病に罹ってしまって残念です

寂しいですと


拙い文字を指でなぞってみる

目に浮かぶよ

あなたの嬉し顔


初めの一行書くまでに

どれほど悩み手を止めたのでしょう

インクの滲む余白でさえ

僕の胸を震わす



初めてあなたからの手紙

言葉にならない想いあふれる

どんなときも僕を愛してくれたあなたに花束を

メッセージ添えて

あの日言えなかったこと…

大好きだよ

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